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1/24:チェ・ゲバラ[正義と信念の旅路]

2009/01/24(Sat)00:17

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キューバ革命指導者の一人である英雄チェ・ゲバラは僅か39年の生涯を「正義と理想の実現」のために捧げた伝説の男である。生まれはアルゼンチン。そして本名はエルネスト・ラファエル・ゲバラ・デ・ラ・セルナ。
彼についての著書はかつて読みその冒険行為に興味を注いだ。ゲバラは医者であり写真や詩を愛し自らも幾多名文を残した表現者だった。そして最近【チェ 28歳の革命】という伝記映画を見てあらためてその信念に感銘を受けた。その激動の足跡を要約し紹介したい。チェ・ゲバラは革命家であるより前に1人の旅人だった。

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最初の旅は大学生になってすぐ。改造自転車で母国アルゼンチンの原野を走り回り、22歳の春には6400km道程を単独走破した。彼は無謀なサイクリストだったのだ。そして1951年にはオートバイで友人と南米全土30000kmも延々と放浪する。それは旅行記映画「The Motorcycle Diaries」にもなった。これも4年前に観てその豪快放浪を晴々しく思い、こんな逸材が後世偉大な革命家になるべき資質なのだと思えた。

大いなる旅に出るまでは裕福な家で育ったゲバラであったがゆえ、この旅で南米各地の悪政に苦しむ庶民生活の惨状を知りショックを受ける。そのことが後に彼が理想社会を望み追うきっかけとなったのであった。

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革命活動のはじまりは1954年。グアテマラ闘争に参加するも失敗し失意とともにメキシコに亡命。そこで1956年カストロ兄弟と出会い彼らの熱い革命精神に感銘を受け独裁政権打倒に参加していく。キューバへの上陸作戦では僅か82人で海を渡り、敵攻撃で17名に減ってもなお2万人に及ぶキューバ政府軍と戦うという凄まじい革命闘争を繰り広げる。

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当初は従軍医として参加したがやがてその指揮の資質を買われ、司令官となり戦う。平時には若き兵士に読み書きを教え、負傷兵には敵味方の区別なく手厚く治療を施した。彼の「捕虜は殺さず」の方針は捕虜より伝わる重要情報を得てまた新たな敵兵投降を促し、やがて革命を成功へと導くこととなる。

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▲誰もが思い浮かべる彼の肖像はキューバ写真家アルベルト・コルダ撮ったこの写真。ゲバラは革命家の象徴となっていった。

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革命を達成した1959年の半年後には親善大使として日本へ来訪。工業視察したのち医師であるゲバラは広島被爆地訪問を強く希望した。しかし日本政府の許可が下りず。業を煮やした彼は大阪ホテルを抜け出し夜行列車に飛び乗る。原爆資料館を見学するもショックを受け心を痛めた彼は通訳案内人に詰め寄った。
「こんな酷い目に遭わされて、あなたたちはなおアメリカの言いなりになるのか」と。
その体験からゲバラは家族宛手紙に「広島を訪れ、良き社会創りのために闘うエネルギーがますますわいた」と書いた。

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▲広島・原爆慰霊碑慰問にて。
個人的に献花をしながら心痛の面持ちが伺える。


彼は政治家として資本主義にそして同盟ソ連独裁共産主義も嫌い、独自の民主的社会主義を模索し実現させようと奮起した。
国家首脳No.2になってもゲバラ自身はヒゲは剃らず服装はいつも戦闘服で気にせず。毎日明け方まで仕事をし、粗末なアパートに住む。贈物は全て福祉施設に提供する。国連会議でアメリカには文句をつける。

そして1965年 国際的な革命闘争に参加するため政策をカストロに委ねキューバを離れる。さらなる理想を追い新たな革命達成の旅に出たのだ。その先々では苦戦を続けたが、1967年でのボリビア革命闘争で追いつめられ意志を果たせずついにこの地で39年の使命を終えた。

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▲南米革命最期の姿。逮捕・暗殺防止に変装を繰り返した。

最初の自転車旅行から17年。彼は旅によって人に出会い変り成長する。自分自身と向き合い、世界と出会うために一歩を踏み出しゲバラが貫いた『心の声に忠実に生きる』という姿勢は今も色褪せない。彼の闘争の日々は伝説となり「赤いキリスト」と呼ばれるようになった。

ゲバラが家族に宛てた別れの手紙より「世界のどこかである不正が誰かに対して犯されたならば、 それがどんなものであれ、それを心の底から深く悲しむことのできる人間になりなさい」
そして後年、彼と闘争従事した同志はゲバラの資質をこう言った。それは「人間を愛する才能です」と。

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ゲバラの「献身の志」は今もなおキューバの政策に活かされ、医療・教育・福祉無償の充実した唯一社会主義で成功した国になった。
キューバ医師は一般職より格段に給料が少ない。奉仕精神が彼らの使命を支える。それは貧困国へ向けて医療外交で奉仕するほどの徹底さだ。宿敵国アメリカ人医学留学でさえも全額国費で賄うのである。彼ら医師こそゲバラの精神を受け継ぐ弟子達で、師匠への敬愛を絶やさないのであろう。

そしてキューバの街頭には共産圏特有の元首肖像は無く、カストロ崇拝を求めていない。米CIAは07年にカストロ個人資産を調査したが、元首なのに年俸4万円とあまりに少なく驚いたという。その上20年前のボロ車に乗っている有様。(各国元首年俸:米=4500万円/日本=4000万円/英国=4000万円/ドイツ=3800万円)

そんな「人を思いやる事が当たり前である人間が集まった国」であるから、経済困難でさえスラムもなく餓えもなく、国民は平和で現政策を支持し続けるのだ。

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■映画紹介:
1部【チェ 28歳の革命】
2部【チェ 39歳別れの手紙】

英雄チェ・ゲバラが果たす革命を追体験できる映画作品。2部作総上映時間は約4時間30分。本作の1部では彼が使命に賭ける情熱をまじまじと見た。それはまるで社会の矛盾がはびこる今の世にゲバラが訴えるように。そして自身の人生を見つめ直すことに気付かされる秀作だと思えた。


⇒高画質Movie

▼本作にご興味あれば時代考証含め予習するが得策。彼にまつわる感動の逸話も多く有る以下史実資料を見られることをお勧めする。
【チェ・ゲバラのすべて】(GAGA特別番組)
⇒Part1 Movie
⇒Part2 Movie
⇒Part3 Movie

【参照文献】
⇒チェ・ゲバラ:Wikipedia
⇒伝説の英雄を生んだ南米放浪の旅(前編)
⇒伝説の英雄を生んだ南米放浪の旅(後編)
⇒あの人の人生を知ろう~チェ・ゲバラ
⇒世界一心豊かな国・本当のキューバ

▼真面目な人は読んではいけない。
【フィクション大魔王の革命の夢】
あれは10年前の出来事だった。MTBで山道探索している時に山中で武装ゲリラ隊に出くわす。恐る恐る「ご機嫌なトレイルはこの山に無いかい?」と葉巻をくわえた司令官に訪ねてみた。
そしたら「俺も昔は自転車で冒険旅をしたんだぜセニョール...俺達に付いてくれば、幾らだって素晴らしいルートがあるぜ」と誘ってきた。それならと喜び賛同することになる...。
私は彼らに山中でMTB活用すれば隊列移動を迅速にできると進言し乗り方を教えた。そして数日経ち気がつけば、いつの間にか私も革命ゲリラ隊にされてしまっていたのであ〜る。 そして与えられた任務は?
MTB担ぎ隊長?って、え?!  革命...万歳。

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▲ゲバゲバ司令官とフィクション大魔王

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No.186|▲○Report & PlanComment(3)Trackback()

Comment

認識正されました。

2009/01/26(Mon)10:01

共産主義国の政策はどこも悲惨な末路だという認識がありましたが、それは資本主義側の誤報・誤認もあるのだと思えました。しかしただの冒険旅行者から伝説的革命家になるなんてゲバラさんの偉大さを見直したものです。

No.1|by ジタンダ|URLMailEdit

無題

2009/01/26(Mon)15:38

ゲバラ氏が自転車乗りだったと知り親近感がわきます。
僕も学生時分はキューバ危機の時など、一方的にソ連・キューバが悪いと思っていたのですが、アメリカだってどこにでも打てる核弾道持ってんじゃんずるいよね。と思えるものです。なによりも宿敵アメリカ至近で平和社会主義を貫くことに感心でした。

No.2|by Matz|URLMailEdit

真実の目を持つためには

2009/02/01(Sun)01:25

▲ジタンダさんへ:
20世紀はまさにイデオロギーの時代でしたが、今日では中国でさえ拝金志向になって、主義思想とは国家運営の建前になりさがります。
結局大事なのは国民に望むリーダーが先導し続けるか、そして信頼関係の質量でその国の存在価値が決定されていくものだと思います。ゲバラ氏はキューバ国民に多大な希望をきっと与えたのだと思います。

▲Matzさんへ:
世界のポリス・アメリカというのはもはや寓話に過ぎません。内政・経済も崩壊しつつも覇権を維持するため中東撤退もしません。南米・欧州はアメリカのエゴイズムに翻弄されているはずです。
どの時代でもゲバラのような真実の目を持つ者は邪険される運命に有ります。昨今の情報の渦の中で何を信ずるべきかが個人本人に委ねられる資質になっていくでしょう。

No.3|by mermasa|URLMailEdit

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