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▲HOME MTB山紀行と私的散策記。

10/3:世紀末に私を狂わせたもの

2007/10/03(Wed)01:52


▲Amp Research B4 1995
先進技術で影響絶大シンクタンクメーカーだった。

少年時代のサイクリング車への熱もとうに覚め、10代後半から自分はオートバイやクルマへとスピードに取り憑かれることになる。そして30代に突入しドライブしながらも、街をさっそうと駆けるMTB青年を気にかけるようになる。皆いきいきと見えたのだ。
そんな当時のMTB価格を調べたら凄く高い。しかし思いのほか種類も多くそれらのギミックに関心を示すうち、そこらの自転車屋で安物MTBを衝動買いしポタリングをはじめる。
しかしまたMTBカタログ本を求め、食い付いて見ていくうち、メーカー別個性・ポリシーも理解できてきた。元々のメカ好きが高じてそれからは次期MTBを何にするか研究した。20世紀末に私を狂わせた当時のセレクトMTBを挙げてみよう。


▲C4-Carbon1993
SF的だったが日本販売は無かったのではないか。


▲Cannondale F400 1996
スピンホイルは憧れのアイテムだった。


▲Cannondale Killer V 1995
ネーミングがダーティで良かった。


▲Gary Fisher Gratefu1995
隅田川の橋で乗った人がインテリに見えた。


▲GT RTS1996
この頃のGTモデルはかなり先進独創的だった。


▲Kestrel MXZ1993
一度見たら忘れられない個性。


▲Klein Attitude1995
誰が見ても美しいと思うMTBの代表格。


▲Miyata Century5600-1993
これは貴族用か?おいそれと乗れないと思った。


▲Manitou FS2-1995
当時マニトウもガンバッてMTBを作っていた。


▲Sccot Compracing1994
XC車はハンドルのツノが定番。誰より早く走れそう。


▲Trimble-3-1993
これに乗ったら相当に恥ずかしい気がしたろう。


▲Specialized S Works FSR1995
シートポストが高過ぎ、小フレームは無かった。


▲Specialized Ultimate1995
稀少品で見たことはない。


▲TREK Y22-1996
スピナジーが最も似合う一世風靡したY-Bike。

▽そして最終選択モデルはこれでした。

▲DiamondBack DBR1994
これこそが我が心を居抜いた絶品。

そして最終的に選んだのがこのダイヤモンドバックDBRというスマートなモデルだった。有機的フレームワークに惚れたのだ。だがしかし、この型はとうに廃盤になり、雑な感じの次期モデルに切替ってしまっていた。MTBのモデルサイクルが早いことに驚くばかりであった。


▲DiamondBack DBR1997
こんな下品なモデルチェンジがあるかと嘆いた。


▲DiamondBack DBR1994
もうコイツとは一生逢えないだろうな。

今思えばこの1990年前半までがメーカーがこつこつハンドメイドするような匠を感じられた時代だった。だから工芸品同様に高価格だったのも無理は無い。そして大資本メーカーから拡販競争のために台湾量産に走り、ただの規格品を廉価に供給するようになった。
あぁ、憧れのDBR。今見てもこれに適うモデルなし。実らぬ夢の残り灯である。
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